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新サレルノ養生訓 第8回 3-5 1年の月 7-9月

March 18, 2015 | 0 Comment

サレルノ養生訓とは

イタリア料理が好きな方や、地中海式ダイエットに関心をもたれる方の中には、「サレルノ養生訓」という本があることをお聞きになった方もいることでしょう。サレルノは南イタリア、カンパーニャ州にある都市で、ナポリの南東50キロに位置する有名な保養地です。学問の地としての歴史は古く、八世紀にはヨーロッパ最古の医学校が創設され、広く病気療養、保養の人を集めて「ヒポクラテスの町」とも称されました。イギリスやフランスの王族も治療のためにこの地を訪れたと言われます。

そのサレルノ医学校の創設後、十一世紀末には医学校の校長を中心に小さな衛生学の読本が作られました。それは全編ラテン語の詩の形をとって書かれ、食を中心に入浴法や睡眠など、生活習慣に関する注意事項を予防医学の見地から、一般大衆にもわかりやすく解説したものでした。

これが「サレルノ養生訓」です。現代イタリアでも、ある年齢以上の世代では、幼少時より親からそのラテン語詩を聞かされて育った人がいるとのことです。サレルノ養生訓の原典は、十四世紀スペインの医師•哲学者であるビッラノーバが注解した360行のラテン語文とされ、その後増補されて最終的に3520行まで膨らみ、またサレルノ医学校の名声が上がると共に、英語、イタリア語、フランス語など各国語に翻訳されて、広くヨーロッパ中に流布しました。

旧版サレルノ養生訓の表紙を飾るセージとサレルノ医学校の授業風景

旧版サレルノ養生訓の表紙を飾るセージとサレルノ医学校の授業風景

新訳サレルノ養生訓について

2001年に私が訳解した日本語版サレルノ養生訓(柴田書店刊)に用いたテキストは、1607年に刊行された英語版(通称ハリントン版、エリザベス一世に仕えた思想家ハリントン卿による英訳)です。この日本語版サレルノ養生訓は幸い多くの方に親しんでいただきましたが、再版のめどが立たず今日に至りました。そして数年前のこと、イタリア食文化に造詣が深い文流会長西村暢夫氏から、自身所持されるイタリア語版養生訓にハリントン英語版(2001年の日本語版)にない記載があることをお聞きし、併せてイタリア語版からの新訳を考えてはどうかという提案をいただきました。

英語版とイタリア語版の養生訓の記述に差異が生じたのは、養生訓成立に関わる複雑な事情があります。中世以降イタリア語を含めて主要な言語に訳された養生訓は、時代とともにラテン語原典の内容が膨らむことで異本や外典が生じ、次に各国語に翻訳される過程で、その国の歴史や時代背景からも影響を受けて訳者による異訳が生じたことで、各版の間で記述に違いが認められたと考えられます。ところで、ヨーロッパ食文化の二大潮流は、ギリシア•ローマ型とケルト•ゲルマン型に大別(M.モンタナーリ)され、このたびイタリア語翻訳者の森田朋子氏の協力を得て、ギリシア•ローマの流れを引くイタリア語版からの新訳が可能となり、出版前に当サイト上で少しずつ公開する運びとなりました。ハリントンの英語版との比較も興味深いところです。

今回訳者の森田氏は、新訳養生訓のテキストに現代イタリア語訳であるシンノ版(Mursia社刊)に採用されたラテン語(デ•レンツィ校訂によるラテン語完全版、3520行からなる)を用いています。1876年サレルノに生まれたアンドレア•シンノ博士は、博物学•農学を修め、科学教師や図書館員の職に就きながら、郷土史とサレルノ医学校の研究を行い、1941年サレルノ養生訓の注釈付き翻訳書を著しました。森田氏と私の間で協議し、今回の新訳にあたりシンノ氏の注解を参照しながらあくまでラテン語原典を尊重し、さらに時代とともに膨らみ豊かになった記載を盛り込んで、現代日本の読者により興味を持てる内容とすることを取り決めました。

以上、前置きが長くなりましたが、この11月から当サイト上に、新訳サレルノ養生訓を連載いたしますので、楽しみにして下さい。

ウェルネスササキクリニック 佐々木 巌

訳者略歴

森田朋子(もりた・ともこ)

京都市出身・在住。京都光華女子大学在学中、古典ラテン語を故・松平千秋教授に学ぶ。シエナ外国人大学にて第二段階ディプロマ(イタリア語・イタリア文学専攻)取得後、イタリア語翻訳・通訳業に従事。主訳書『イタリア旅行協会公式ガイド①~⑤巻』(NTT出版・共訳)。
解説者略歴

佐々木 巌(ささき・いわお)

ウェルネスササキクリニック院長、医学博士。専攻は内科学、呼吸器病学、予防医学。長年外来診療や講演活動を通じて地中海式ダイエットの啓蒙と普及にあたる。近著に地中海式ダイエットの魅力と歴史、医学的効果をわかりやすく解説した「美味しくて健康的で太らないダイエットなら地中海式」(大学教育出版)がある。

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3-5 1年の月

  • 7 7月

7月に息災を望む人は、次の処方を採用しなさい。

血管を切開してはなりません。飲酒でお腹を傷めつけないように。

睡眠は制限し、入浴は一切敬遠しなさい。

それにウェヌスの欲望もです。セージとディルに親しみなさい。

7月は大気の焼けるような熱をつのらせます。

この時期には眠りによる休息は短めに与えられるべきです。

入浴は避けられるべきですし、血管に刃物で触れてはなりません。

また、女性との共寝も、過度に求めてはいけません。

  • 8 8月

誰であれ、8月には、正しい規範に則って暮らすべきです。

うたた寝はごくまれにとどめ、冷えとセックスも避けましょう。

入浴を気にかけず、また大量の食べ物をたずさえないように。

何人も下剤を飲んだり、瀉血を受けたりしてはいけません。

飲酒は避けられるべきですし、洗滌は決して用意されるべきではありません。

熱い食べ物は、この月には毒ですから避けること。

この8月にこそ、睡眠と食事は制御するべきです。

またウェヌスの欲望という快楽も許してはなりません。

何人も薬を飲んではいけませんし、刃物で体を傷つけてもなりません。

それに冷たい水に漬かって楽しむのもいけません。

  • 9 9月

9月に体によいのは熟れた果物、

それにワインを添えたナシと、ヤギのチーズを添えたリンゴです。

これで利尿効果のある、おいしい飲み物が得られます。

この頃には血管を開き、種を持った香辛料を食べなさい。

9月は木から、リンゴなどのおいしい果物を与えてくれます。

この時期には、ヤギのミルクで栄養をとるよう勧めます。

薬を飲むのも、血管を開くのも、禁止されることはありません。

それにあなたの食べるものに香味料をふりかけることも。

解説

7月と8月、体調管理にもっとも神経を使う真夏の養生法について。季節によって変動する温度や湿度が人間の身体と健康状態に影響を及ぼすのは今も昔も変わりませんが、古代ギリシアで活躍したヒポクラテスはその著書「大気、場所、水」の中で、熱く乾いた性質をもつ地中海性気候の夏を特に用心すべきものと警告していました。

夏は発汗量が増えるために体液量が減って脱水状態となり、もはや汗をかく猶予もなくなると、死にも至る熱中症を引き起こします。生命を脅かす真夏の過酷な暑さから身を守るために、養生訓に述べられる正しい規範に従って生活することはいかほどか重要だったことでしょう。体力の消耗と脱水を助長するような行為を極力ひかえるのは当然のことであり、日中暑い盛りのうたた寝も体力の回復には役立たないので勧められず、短時間でも規則的な睡眠をとることが大事です。こうした注意事項は、昨今夏場の体調不良を訴える人が増えて熱中症が多発する現代日本にも十分当てはまるにちがいありません。

セージはシソ科アキギリ属の多年草(常緑樹)、和名はヤクヨウサルビア。野生のハーブの宝庫と言われる地中海世界でも、古代ギリシア・ローマ時代より万能薬として長寿を可能にする薬草と考えられていたハーブです。セージとディルはどちらも消化器系の強壮作用を持ち、夏場の胃腸の働きを助ける薬効があり、セージにはさらに解熱作用や抗炎症作用があるので、夏に重宝されたのでしょう。

さて9月なると、暑い夏で消耗した身体に栄養を与えるために消化がよく栄養価の高いヤギのミルクやチーズが勧められ、乾ききった身体にはみずみずしく熟した果物の摂取が奨励されます。一般的に果物には利尿を促すカリウムが多く含まれ、真夏時に滞りがちだった尿の排出をよくする働きがあるのです。しかし注意しなければいけないのは、昔の洋ナシはとくに未熟なものはたいへん不消化な食べ物だったということ。ナシにワインを添えなさいと言うのは、適度な飲酒が胃酸の分泌を促して洋ナシの消化を助けるためで、一風変わったワインの処方も夏場に弱った胃腸への配慮からなされたものです。

※新サレルノ養生訓の無断転載及び引用を固く禁止します。

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