新サレルノ養生訓 第17回  1部9章6 1-4 いろいろな食物の性質ならびに特徴

サレルノ養生訓とは

イタリア料理が好きな方や、地中海式ダイエットに関心をもたれる方の中には、「サレルノ養生訓」という本があることをお聞きになった方もいることでしょう。サレルノは南イタリア、カンパーニャ州にある都市で、ナポリの南東50キロに位置する有名な保養地です。学問の地としての歴史は古く、八世紀にはヨーロッパ最古の医学校が創設され、広く病気療養、保養の人を集めて「ヒポクラテスの町」とも称されました。イギリスやフランスの王族も治療のためにこの地を訪れたと言われます。

そのサレルノ医学校の創設後、十一世紀末には医学校の校長を中心に小さな衛生学の読本が作られました。それは全編ラテン語の詩の形をとって書かれ、食を中心に入浴法や睡眠など、生活習慣に関する注意事項を予防医学の見地から、一般大衆にもわかりやすく解説したものでした。

これが「サレルノ養生訓」です。現代イタリアでも、ある年齢以上の世代では、幼少時より親からそのラテン語詩を聞かされて育った人がいるとのことです。サレルノ養生訓の原典は、十四世紀スペインの医師•哲学者であるビッラノーバが注解した360行のラテン語文とされ、その後増補されて最終的に3520行まで膨らみ、またサレルノ医学校の名声が上がると共に、英語、イタリア語、フランス語など各国語に翻訳されて、広くヨーロッパ中に流布しました。

新訳サレルノ養生訓について

2001年に私が訳解した日本語版サレルノ養生訓(柴田書店刊)に用いたテキストは、1607年に刊行された英語版(通称ハリントン版、エリザベス一世に仕えた思想家ハリントン卿による英訳)です。この日本語版サレルノ養生訓は幸い多くの方に親しんでいただきましたが、再版のめどが立たず今日に至りました。そして数年前のこと、イタリア食文化に造詣が深い文流会長西村暢夫氏から、自身所持されるイタリア語版養生訓にハリントン英語版(2001年の日本語版)にない記載があることをお聞きし、併せてイタリア語版からの新訳を考えてはどうかという提案をいただきました。

英語版とイタリア語版の養生訓の記述に差異が生じたのは、養生訓成立に関わる複雑な事情があります。中世以降イタリア語を含めて主要な言語に訳された養生訓は、時代とともにラテン語原典の内容が膨らむことで異本や外典が生じ、次に各国語に翻訳される過程で、その国の歴史や時代背景からも影響を受けて訳者による異訳が生じたことで、各版の間で記述に違いが認められたと考えられます。ところで、ヨーロッパ食文化の二大潮流は、ギリシア•ローマ型とケルト•ゲルマン型に大別(M.モンタナーリ)され、このたびイタリア語翻訳者の森田朋子氏の協力を得て、ギリシア•ローマの流れを引くイタリア語版からの新訳が可能となり、出版前に当サイト上で少しずつ公開する運びとなりました。ハリントンの英語版との比較も興味深いところです。

今回訳者の森田氏は、新訳養生訓のテキストに現代イタリア語訳であるシンノ版(Mursia社刊)に採用されたラテン語(デ•レンツィ校訂によるラテン語完全版、3520行からなる)を用いています。1876年サレルノに生まれたアンドレア•シンノ博士は、博物学•農学を修め、科学教師や図書館員の職に就きながら、郷土史とサレルノ医学校の研究を行い、1941年サレルノ養生訓の注釈付き翻訳書を著しました。森田氏と私の間で協議し、今回の新訳にあたりシンノ氏の注解を参照しながらあくまでラテン語原典を尊重し、さらに時代とともに膨らみ豊かになった記載を盛り込んで、現代日本の読者により興味を持てる内容とすることを取り決めました。

以上、前置きが長くなりましたが、この11月から当サイト上に、新訳サレルノ養生訓を連載いたしますので、楽しみにして下さい。

ウェルネスササキクリニック 佐々木 巌

訳者略歴

森田朋子(もりた・ともこ)

京都市出身・在住。京都光華女子大学在学中、古典ラテン語を故・松平千秋教授に学ぶ。シエナ外国人大学にて第二段階ディプロマ(イタリア語・イタリア文学専攻)取得後、イタリア語翻訳・通訳業に従事。主訳書『イタリア旅行協会公式ガイド①~⑤巻』(NTT出版・共訳)。
解説者略歴

佐々木 巌(ささき・いわお)

ウェルネスササキクリニック院長、医学博士。専攻は内科学、呼吸器病学、予防医学。長年外来診療や講演活動を通じて地中海式ダイエットの啓蒙と普及にあたる。近著に地中海式ダイエットの魅力と歴史、医学的効果をわかりやすく解説した「美味しくて健康的で太らないダイエットなら地中海式」(大学教育出版)がある。

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6 いろいろな食物の性質ならびに特徴

  • 6-1 滋養に富む食べ物

新鮮な卵、赤ワイン、こってりしたスープ

これらは上質な小麦粉とともに、良い性質のものです。

滋養があって肉づきがよくなるのは小麦、ミルク、若いチーズ、

睾丸、ブタ肉、脳、骨髄、

甘口のワイン、おいしい食事、生卵、

熟したイチジク、新鮮なブドウです。

もし手に入るのなら、新鮮なパンと、熟成したワイン、

肉は若いもの、魚は十分育ったものを賞味するよう勧めます。

チーズは孔のないもの、パンは新しくて気孔のあるもの。

動物なら幼くて分別もついていないもの、魚なら年を経て大人になったもの。

ワインは気泡の多いもの。これらは私に向いています。

こうした食べ物は健康な人には有毒ではありません。

  • 6-2 体に毒な食べ物

モモ、リンゴ、ナシ、ミルク、チーズ、塩味のついた肉、

シカ肉、ノウサギの肉、牛肉、ヤギの肉は

黒胆汁の働きを高めますから、病人には毒です。

塩味のついたガチョウの肉もですし、カモの肉も同様です。

肉は揚げると体に悪く、ゆでると体によいです。ローストすれば体をひきしめます。

酸っぱいものは体を清め、生のものは膨張させ、塩味のものは乾燥させます。

皮を食べてはいけません。熱々の胆汁を生みますから。

塩味のものは目の炎症を招き、精液を減じます。

また疥癬、かゆみの原因となり、体がこわばります。

  • 6-3 調味料

調味料入れは、食べている人達の前に置かなければいけません。

塩抜きで供される食べ物はおいしくないからです。

塩は一番に出し、一番に片づけなくてはいけません。

塩抜きの食卓は、きちんとしつらえられたとはいえません。

塩は毒を追い出し、無味乾燥なものをおいしくします。

  • 6-4 おいしいソース

セージ、セルピルムソウ、こしょう、ニンニク、塩、パセリ。

これらは取り合わせると香りがよいですし、合わせてすりつぶすとよいです。

ここに新鮮なカルダモンとジョチュウギク、

シナモン、ナツメグを別々にじっくり刻んで加え、

そうしてできたミックスハーブの香辛料に酢を加えると

その味はすばらしいものになるでしょう。

かくして調和のとれた、多くのものの協和的紛争による1つの風味が生まれ

胃袋を刺激し、食欲をそそります。

うまく作り、酢が効いていれば

これらからソースができます。決まりさえ間違わなければ。

解説

ここにある様々な食べ物の組み合わせには、はっきりと地中海地域の食事の特徴が見てとれます。すなわち、卵、赤ワイン、上質の小麦で作られたパン、ミルク、孔の空いていない若いチーズ、ブロス(肉や魚を煮出して作ったスープ)、イチジクやブドウなどは、穀物や果物といった植物性食品と低脂肪の乳製品を日々の食事の基本として、そこに肉、魚、卵を適宜組み合わせながら、食事中にワインを飲むという伝統的な地中海スタイルです。調理油としてのオリーヴオイルは改めて記すまでもありません。三大栄養素(糖質、たんぱく質、脂肪)の配分もよく、滋養に富んだ食べ物といってよいでしょう。ところで、6-1の末尾で、「こうした食べ物は健康な人には有毒ではありません」とことわっているのは、健康な人にとって滋養のある食べ物であっても、病気の人には有毒とまで言わなくても不向きなものがあるということ。健常な胃腸の働きがなければ、いかに赤ワインの助けを借りようともブタ肉を消化するのは困難でしょうし、脳や骨髄など内臓はなおさらのことです。

日々の食事の基本は植物性食品ですが、たんぱく源としての卵、ミルクやチーズなど乳製品、肉や魚の選び方には特別な配慮が必要になります。当時、庶民が日常食べる肉は貴族などが狩猟で得る鳥獣の肉ではなく、塩漬けの豚肉か、せいぜい羊の肉でした。また一般家庭で牛を屠殺して食べる習慣はありませんでした。6-2に登場するさまざまな鳥獣は、第9章8以降の「食物のいろいろ」の章に詳しく述べられますが、これら鳥獣肉は日頃食べなれないという意味でも注意が必要ですし、さらに悪い体液(黒胆汁)を増やすと考えられたので、体に毒な食べ物に分類されています。

脂が少ない若い動物の肉を食べなさい、魚は十分育った魚の身(稚魚や小魚は内臓を含みます)が好ましく、年数を経た塩味の強いチーズでなく若くフレッシュなチーズがよいと勧めています。これは高血圧や痛風、動脈硬化の予防という医学的観点から、現代人にそっくりそのまま当てはまる注意事項です。もともと地中海世界では、遠い昔から獣肉では脂が少ない子羊や子牛の肉が最上品とされていますが、養生訓では肉の調理法まで言及して、肉を油で揚げるのは体に悪く、ゆでるかローストして余計な脂を落としなさいと忠告しているのも納得いくところでしょう。

現代の私たちにとっては食べなれたリンゴやモモ、ナシなどの果物が体に毒な食べ物に分類されています。これもよく読むと「病人には毒」とただし書きが付いており、健康な人が食べることに支障はないでしょう。古代よりイチジク、ブドウ、オリーヴは、ザクロと併せて地中海四大果実という特等席を与えられています。これに対して、モモ、リンゴ、ナシはアジア原産の果物で、度重なる品種改良の結果、今日私たちが口にするような果実になったのですが、昔の品種は消化しにくい、収穫後も傷みやすいなど問題があったと考えられます。そこで、ガレノスなど古代に活躍した名医からは、腸が悪い人には有害な食べ物であると考えられていました。

塩とハーブを使った調味料について。ハリントンの旧養生訓では、塩の摂り過ぎは視力を悪くして皮膚病を生じさせるので、「君主や騎士の食卓から、塩はまっ先に取り除かれ、片づけられなければならない」と記されています。新養生訓では、そのニュアンスはやや和らいでいる印象を受けますが、調味料としての有益性は認めつつも塩の多用は戒めています。デトックスとしての塩の薬効は、塩そのものが体内の毒を追い出すのではなく、皮膚や毛孔を通して体内に毒が浸透するのを塩が防ぐと考えられていました。

調味料として塩は最低限必要です。しかしおいしいソースを作るためにはさまざまな香辛料を組み合わせることが地中海式。南フランスでは肉料理などに用いるハーブのブレンド、エルブ・ド・プロバンスがあります。これはフェンネル、バジル、タイムなどのミックスハーブを肉を焼く際に加えたり、あらかじめ調理油に混ぜて使ったりするもの。今回養生訓に登場するハーブの中で、セルピムソウは学名Tymus serpillum L、自生するシソ科の植物で刺激剤、強壮剤として用いられました。カルダモン(Elettaria cardamomum)は最古のスパイスと言われ、香ばしいぴりっとする味を持つショウガ科ショウズク属の芳香性植物。ジョチュウギク(Pyretrum Tanacetum)は別名ギリシアのミントと言われ、消化を助けるハーブです。新養生訓編者のシンノ氏によれば、セルピルムソウやジョチュウギクはサレルノ近郊や周辺の山地に自生していたとのこと。

※新サレルノ養生訓の無断転載及び引用を固く禁止します。

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